阻止限界点

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人生を豊かにするための大冒険(大放言)

お金に関する理解しがたい真実

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 ありがたくも、娘にお祝いをいただいたある日のことです。

 下品な話かも知れないですが、当然、いただいたポチ袋を開けて中身を確認します。

 お返しは大変ですが、入用のときにはいただけるだけいただきたいのが本音。相手が親しい間柄であればあるほど、中身への期待も高まります。

 そして嫁が紙幣を引き出した瞬間、意外な中身に私は驚きました。それでも物珍しさで「おー」というくらいだったのですが、当の嫁はなんと開口一番「こんなのいらない!」と叫んだのです。

 私はその嫁の反応のほうに驚いてしまい、しばらく腹を抱えて笑いました。

 引き出された紙幣には、真ん中に優しそうな顔のハゲたおっさんが描かれておりました。はい、アメリカ合衆国の100ドル札です。ベンジャミン・フランクリンさんです。

 

 見慣れた日本円でも台湾ドルでもなかったため、嫁の頭の中では「1ベンジャミン≒1諭吉」という「価値」の計算ができず、とっさに「こんなのいらない!」という反応に繋がったのでした。

 

 嫁の若干の教養不足はさておいて、強調したいのは人がお金の「価値」がわからなかったときの、その率直な反応です。

 お金は、それが何かわからなければ本当に紙くずなのだ、ということを客観的に観察できたことで、頭の中で「お金」と「信用」が強烈に等号で結びついた瞬間でした。

 

 お金は「信用」である、という言葉は、どの経済書にも書いてある言葉です。信用創造と与信で回るのが近現代の資本主義経済です。

 

 嫁の反応は、まさにお金の「価値」がわからない=「信用」できないときの反応です。それはもうフランクリンを本気で投げ捨てる勢いでした。紙幣は信用貨幣の最たるもの。裏付けは発行主体の「信用」のみ。

 

 この経験で、「お金」=「信用」であるという真実を、しっかり理解することの重要さに思い至りました。

 

 日常生活で「お金」=「信用」を意識させられるのは、クレジットカードを作ったりローンを組むときくらいのものです。一方、仕事で予算どりに四苦八苦して、あれもないこれもない、会社や上司が悪いコンチクショーと嘆くのはありがちなシーンですが、予算=「お金」なので、実はこれも「信用」で考えると納得できないでしょうか。

 「お金」というものが、(上司の機嫌とか無関係で)そもそも「信用」のないところには「動けない」ということを理解すれば、見積もりや収益見込み、費用対効果などをちゃんと立てて「信用」を生むことが、「お金」に動いてもらう最短の道であることがわかります。

 もちろんこの「信用」は「人」についてくるものでもよいですが、「俺を信じて金を出せ」なんてのは平社員がやって通じる理屈ではありません。

 そしてそもそも、本人に「信用」が生まれる頃には、相応のポストとともに予算の裁量が与えられるでしょう。

 仕事の不出来で他人を恨んでばかりでは先が詰んでしまいますが、相手は「信用」しか求めないお金様なんだ、と思って努力する方向を修正すれば、これまでと違った道が拓けるのではないでしょうか。

 

 さて、もしぽち袋の中身がウィーン金貨だったりしたら、けっこう重いし金色だし、「価値」があるんじゃないかと疑って、嫁も即投げ捨てようとはしなかったでしょう。「1フランクリン≠1諭吉」と知った後より、よい反応をするかもしれません。金本位制万歳。

 

 ぜひ実験してみたいので、プレゼントお待ちしてます。

 

ウィーン金貨1オンス2016年 (37mmクリアーケース付き)