阻止限界点

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人生を豊かにするための大冒険(大放言)

お金の起源について妄想してみた~前編~

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大昔のヒトにはカネがありませんでした。モノだけがありました。

当時、一番大事なモノ。価値ある物質は食糧です。次に道具やそれで作られる衣服でしょう。
家族や血縁者のみの集団で閉じられた生活をしている間、モノとモノの交換を媒介するカネは必要ありません。
全てのモノは集団でプールされ、共同利用できるからです。

 

血縁者の集団といえど、現代でいう核家族的なまとまりが内包されていた可能性はありますが、それでもカネは必要ないはずです。
欲しいモノは集団の中にあるので、モノを得るために一時的にでもカネに変える必要がないからです。

 

では外部の集団。。。遠い祖先が同じだけど、何世代か前に例えば縄張りの問題で別れた集団との接触が発生した場合はどうでしょう。

 

とりあえず戦争になりそうですが、相手が明らかに強い場合はそれを防ぐためにモノを持っていくのではないでしょうか。菓子折りです。

 

そもそも、その集団はなんで他集団の縄張りに接触するほど遠くまでやってきたのでしょう。自分の縄張りに充分なモノがないからですね。モノが欲しい、けど交換に使えるモノはないわけです。

 

モノがなくても相手集団を武力で圧倒しているのであれば、攻撃すればモノは手に入りますから、この集団はそれができない「弱い」状態です。

モノがないので、この菓子折りには偶然拾った、金や貝殻といった、当時のモノとしては価値がない、珍しいものを使うしかありません。

カネの誕生に繋がりそうな、モノとモノではないものの交換を思いついたヒトは、実は当時の世界では弱者側だったということです。

カネになりうるものを持っている側が弱者というのは、今の感覚と逆ですね。大きなポイントになりそうです。

 

さて珍品を献上したものの、これとモノが交換されなければ、その珍品はカネとしての条件を満たしません。

 

モノが欲しいのに、モノがないところに行くのは無意味です。

 

食うや食わずの集団に珍品を献上しても、その場で食い殺されて終わってしまうでしょう。献上側が武力では同等または劣っているのは前提条件の通りです。

 

つまり交換を成立させるためには、珍品を献上された側にそれと交換しても問題がないほどモノに余裕があるかどうかが重要になります。

 

なぜなら、一番最初の交換が成立する前の珍品の価値はゼロだからです。

 

交換相手のプールにモノが必要以上にあふれていて、近い将来腐ってしまう可能性などを含め、モノの価値が可能な限りゼロに近いデフレ状態でないと、珍品との等価交換が成り立ちません。

 

まったく余裕もないのに、珍品をありがたがる集団もいたかも知れませんが、そういうお馬鹿は、厳しい自然の中でおそらく外部との接触を待たずしてか、接触した瞬間に滅んだはずです。

 

果たして、このまま単純に珍品とモノの交換が成立してカネが誕生するのか。

 

長くなりそうなので思考実験は次回に続きます。